タイトル

歴史

昭和61年2月6日
小川三千生が代表として政治結社皇道青年會議を結成する。護國團、蒼龍會、全埼玉愛国連合等に学び着実に組織化し、皇道青年會議を母体として九州總本部、傘下に神和會、扶翼會等が参加し、民族運動を展開する。
平成5年
諸事情により組織の一本化を選択。その後、皇道青年會議北関東支部を結成するも1年半にて支部長他界により解散。
平成12年5月24日
万景峰号敦賀入港阻止、全国有志大連合主催の抗議活動に参加。全国127団体、車両220台、773人が集まり大々的に抗議。最前列に陣取り、当時の地元紙に大きく取り上げられる。
平成16年頃
草莽崛起の会の運動に参加。
平成23年2月
北方領土の日に東京ロシア大使館前にてロシア国旗を侮辱したとし、国際問題に発展。しかし、法律に抵触していないと判断される。
平成27年3月
経産省敷地内に不法占拠中の脱原発テントを草莽崛起の会の街宣活動中に襲撃。
平成27年5月
皇道青年會議代表小川三千生依り、組織を石原幸男に譲渡。
平成27年10月
鳩山元総理の乗った車を草莽崛起の会のメンバーと共に街宣車12台で取り囲み抗議。
平成28年4月
皇道青年會議顧問小川三千生死去。
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